第三話

少佐とクロオは、4時間ほど山林を歩き続けた。土や草葉をふむ豪胆な足音。獣たちは息をひそめ噂話。

すでに時間は夕方だが、まだ日が長い。じき、暗くなる。

『おい、クロオ!いつまで歩くんだ。寺はどこにある?』

テキサス訛りの英語。少佐は、言ってすぐ、黙り込んだ。馬鹿げた質問だからだ。
日本人のクロオは答えず、大きな声で笑うだけ。それに後ろにかまわず、ずんずん先へ行ってしまう。

『Fuck.』

生い茂る植物のなかに、辛うじて参道らしきものがあり、確かに寺に通じているようだった。

鴉の鳴き声が、山間に響く。

少佐は、イライラして空にむけて発砲した。

すると鴉は、黙って、真っ逆さま。

『おいっ、いいかげん銃をしまえ。パンパンうるさいっ。』

ゆくての方から、クロオのものすごい怒声が返ってくる。

ある意味で銃声より大きな響き。その残響に森が揺れ、鳥たちの羽根がぬける。

少佐は、怒られた子供のように、しょんぼりしてホルダーに銃をしまった。

そして参道を登っていく。

 

夕焼け。長い影。

 

いつの間にか、クロオの後ろ姿が見えなくなった。呼んでも、返事がない。

少佐は、恐怖する。

ジャングルで戦ったときも、近くには仲間がいて、合図をくれた。一人になるのは心細い。仲間がいるかどうか、それが大切だ。

不安にかられた少佐は、思い出したように、ポケットに何かを探り始めた。しかし、なかなか見つからない。
『はて、車に…。』と考えて、顔を上げたその時。

いきなり、後頭部を力いっぱい誰かに殴りつけられ、気を失う少佐。

スローモションで、前のめりに倒れてゆく。

殴りつけたのは、寺で座禅を組んでいた、あの若い雲水だ。

鐘つき棒をかまえて、鬼の形相で怒鳴る。

『何者だっ。白隠様の森での悪ふざけ、はなはだけしからん。』

しかし少佐は一撃で、既にのびていて、ピクリとも動かない。

雲水は、警戒を解いて、少佐が息をしているのを確かめた。

『アメリカ人か。変な格好だな。』

カウボーイの格好で少佐は気を失ったまま、雲水に担ぎ上げられた。
この雲水、まだ十代後半。子供だが、成る程、いかつい体躯をしている。坊主になる前は、相当に暴れん坊で、寺に引き取られ老師が親代わりというわけだ。
名を、黒龍。彼は、小太りの少佐を軽々と担ぎあげ、寺にひき上げていった。

あとには、ティアドロップ型のサングラスが、木に引っかかっている。

しばらくして、藪からクロオが現れた。

ティアドロップを拾うと、『やれやれ』といった表情。

それから、クロオは、さらわれた友人の後を追うのであった。