第二話

時間を遡って、同じ日の正午。
ついさっきまで悪路を跳ねながら、暴走していたビュイック。車種は、ロードマスター/コンバーチブル。
今は、爆発音を東海道にまで轟かせて、炎に包まれている。

車から少し離れて、ふたりの男が見える。

 

ひとりは、燃えさかるビュイックを見つめるアメリカ人。

そして、もうひとり。そのアメリカ人に、英語で怒鳴る日本人がいる。

『派手にやりやがって。GHQにまわさず、お前が弁償しろよ。』

このふたりは、友人なのである。
彼らは、戦後の東京で出会った。

アメリカ人は、進駐軍の将校。階級は、少佐。その彼に、日本人は突っかかって言う。

『ここから、歩いては帰れないんだよ。おい。』

少佐は、軍服ではなくカウボーイの格好。腰のガンベルトに、2丁のコルトオートマチックをぶら下げている。

『・・・。』

少佐は沈黙のまま、ティアドロップ型のサングラスに炎がうつる。

彼の故郷は、テキサス。
子供のころから、大人にも引けをとらないハンターだった。狙った獲物は、百発百中。

陸士官学校から、大戦。ガダルカナルで戦功をあげて、占領政策のためマッカサーより先に横浜に上陸した。

任務は、反共。当然に内容は、かなり荒っぽい。

例えば、左寄りの作家に二重スパイを強要した。誘拐して拷問したが、雇っていた日本人コックに裏切られて、新聞に漏れ大事になった。

だが反面、妻子を横浜に呼び寄せて、コロニアルライフを大いに楽しでいる。

戦争に行くより、ずっといい。

週末の晩ともなれば、少佐はパーティをひらく。勝利の美酒が、なみなみと杯につがれる。それも、次から次へと。そう、戦争は終わった。

少佐は、ぼーっと炎を見ている。30歳過ぎぐらいのドイツ系。彼は、くわえたパイプを燻らせた。

『少佐、なに黙ってるんだ。おまえが、無茶な運転をするから悪いのに、拗ねてるのか!?』。大きな声の日本人は、笑いだして言う。
そして、『それワシにもくれよ、久しぶりだな。』と、少佐のパイプを欲しがった。彼がパイプをまわすと、日本人もプカプカやりだした。

この日本人も、同じ歳のころ。体格のいい男で、品がある。堂々としていて、まったく敗戦の負い目を感じない。
彼は鉄道人の家系で、父親が満鉄のレールをひく仕事をしていた。会社に入ると、大陸に渡る。
育ちの良さもあって、タフで華麗に立ち回ることができた。戦中、上海ブロードウェイを本拠に、大金を稼いで帰国して貿易会社をおこす。勲章ももらった。
日本人の男は、豪胆に笑い、パイプを少佐に突き返した。

『まあ、いいか。GM以外のに乗る楽しみができたな。それより、ここからどうするかだ。』

少佐がとぼけたジェスチャーをすると、『ふん、行くぞ。ちかくに、寺があるんだ。泊めてもらうしかないな。』と低い声で日本人はいい、怒ったような表情で山の方へと歩きだした。
この男は、大きな体で大股で、しかも素早く動く。

 

『ドパァーン!!』。

 

予告なしに、短気な少佐の2丁のコルトオートマチックが火を吹く。

やがて、空から鳥が落下していくのが見える。

しかし、日本の友人のクロオは見向きもせず、ずんずん森に入っていき、すぐに見えなくなった。

『おい。クロオ。』

少佐は、友の名を叫ぶが、返事はない。

『リンカーンは、やめてくれ。』

少佐はつぶやいて、ホルダーに銃をしまおうともせず、あわてて友人を追いかけるのであった。