かつての、進駐軍の占領下にある日本。
敗戦より、少し経ったころである。
東京。日本橋から、空爆の痕が残る1号線を南へ下る。
三島から枝わかれて、凸凹の道。やがて山林に入る。
すると近くには、高名な禅僧ゆかりのお寺があった。
晴れて、よく乾燥した昼下がり。
寺の本堂に、坊主。かれらは、坐っている。
心眼あきらかな老師と、十七、八歳ころの若い雲水(修行僧)のふたり。
ここでは、鳥のさえずりや、風が竹林を揺らす音も、耳には入らない。
体内で、ドクンドクンと、時間が流れる音を聞く。
『快刀乱麻』
四畳の畳より大きな書が、かけてある。
座禅。
そこに、『パァァン』。
突然である。
この場所には似つかわしくない、2発の銃声が鳴り響いた。
寺からそう遠くない場所で、誰かが鳥か獣を、撃っているのだろうか。
しかしながら、若い雲水が不機嫌に目を開けていう。
『猟師じゃない。あれは銃身の短い、ピストルの音だ。老師!』。
若者は、うったえるが、老師は反応がない。
そこにまた銃声。
『パパァーン!!』
若い雲水はこれじゃ座禅も組めないといった様子である。
堪りかねた雲水は、『老師、わたし行って見て参ります。』と立ち上がる。
ぱっと下駄を履いて、置いてあった太い鐘つき棒を担ぐと、寺を飛び出していった。
彼の動きはすばやく、もう見えない。
しかし老師は、ひとり坐ったまま、目は閉じて黙々。
この老師、禅の道に進み、白隠様の再来とも言われたほどの法力をもっている。
若くして盲目に近い視力となりながら、高僧に登りつめた人物。
だから、拳銃ぐらいで動じることはないのである。
そしてまた、銃声が鳴り、好からぬ気配を伝える。
『・・・無無』。