第一話


かつての、進駐軍の占領下にある日本。

敗戦より、少し経ったころである。

東京。日本橋から、空爆の痕が残る1号線を南へ下る。

三島から枝わかれて、凸凹の道。やがて山林に入る。
すると近くには、高名な禅僧ゆかりのお寺があった。

晴れて、よく乾燥した昼下がり。

寺の本堂に、坊主。かれらは、坐っている。
心眼あきらかな老師と、十七、八歳ころの若い雲水(修行僧)のふたり。

 

ここでは、鳥のさえずりや、風が竹林を揺らす音も、耳には入らない。

体内で、ドクンドクンと、時間が流れる音を聞く。

『快刀乱麻』

四畳の畳より大きな書が、かけてある。

座禅。

そこに、『パァァン』

突然である。

この場所には似つかわしくない、2発の銃声が鳴り響いた。

 

寺からそう遠くない場所で、誰かが鳥か獣を、撃っているのだろうか。

 

しかしながら、若い雲水が不機嫌に目を開けていう。
『猟師じゃない。あれは銃身の短い、ピストルの音だ。老師!』。

若者は、うったえるが、老師は反応がない。

そこにまた銃声。

 

『パパァーン!!』

 

若い雲水はこれじゃ座禅も組めないといった様子である。
堪りかねた雲水は、『老師、わたし行って見て参ります。』と立ち上がる。

ぱっと下駄を履いて、置いてあった太い鐘つき棒を担ぐと、寺を飛び出していった。

彼の動きはすばやく、もう見えない。
しかし老師は、ひとり坐ったまま、目は閉じて黙々。
この老師、禅の道に進み、白隠様の再来とも言われたほどの法力をもっている。

若くして盲目に近い視力となりながら、高僧に登りつめた人物。

 

だから、拳銃ぐらいで動じることはないのである。

 

そしてまた、銃声が鳴り、好からぬ気配を伝える。

 

『・・・無無』。